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福岡地方裁判所小倉支部 昭和44年(ワ)820号 判決

原告

石田満之

外三名

代理人

塘岡琢磨

坂元洋太郎

被告

出光貞雄

外一名

代理人

青山政雄

主文

被告らは、各自、原告石田満之、同石田和江に対して各金一四八万一、〇八四円、原告山崎武、同山崎鈴子に対して各金一四二万五、四二二円および右各金員に対する昭和四四年五月四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを四分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は、各原告において被告らに対し各金五〇万円の担保を供するときは、それぞれその被告に対し仮に執行することができる。

被告らの一方において各原告につき金七〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告ら

(一)  被告らは、各自、原告石田満之、同石田和江に対し各金六二六万二、九九四円、原告山崎武、同山崎鈴子に対し各金六二一万〇、五八六円および右各金員に対する昭和四四年五月四日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告らの連帯負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は、原告らの負担とする。

(三)  被告ら敗訴の場合は、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二、請求の原因

一、事故の発生

訴外石田直人(当時九才八カ月)、同山崎浩二(当時八才一〇カ月)は、昭和四四年五月三日午後三時ごろ、北九州市若松区西天神バス停横の空地において、同所に置かれてあつた営業用冷蔵庫(以下本件アイスボックスという。)内に入つたところ、蓋が閉つてしまい、外に出ることができず、同日午後八時ごろ、閉じこめられたまま窒息死するに至つたものである。

二、被告らの過失

(一)  被告らは、いずれもその肩書地で冷菓製造販売を業とするもので、被告出光貞雄は若松冷菓業組合副組合長、被告沖野鎮西夫は同組合長の地位にある。

(二)  本件アイスボックスは、被告出光の所有するところであるが、同被告は、昭和四三年一一月初旬ごろ、被告沖野に対し、同被告が経営する洞海乳業横の前記空地に、本件アイスボックスを「置かせてほしい」と依頼して預け、同被告は、これを昭和四四年三月一五日から同年四月一八日まで他の業者に使用させ、その後これを再び前記空地に放置していたものである。

(三)  本件アイスボックスは幅1.06メートル、長さと高さ各一メートル、厚さ約七センチメートルの木製、蓋は縦四五センチメートル、横四二センチメートルで、外から開閉できるが、蓋が閉まると大人の力でも中からは開けることができない。

しかるに、本件アイスボックスの放置されていた右空地は、バス停留所の横にあり、国道一九九号線と筑豊本線にはさまれた約二〇〇平方メートルの雑草地で、柵も設けられておらず、誰でも出入りすることができる。そして、この空地には遊び場のない近所の子供達がよく遊びにきていた。したがつて、右空地に遊びに来た冒険心の強い子供が本件アイスボックスに入りこみ窒息死に至る危険が充分に予見された。

(四)  また、昭和三一年一月以降昭和四三年一〇月まで、本件同様のアイスボックスによる子供の死亡事故は日本各地で一五件(死亡者二四人)も発生し、これらの事故は、そのたびにテレビ、新聞を通じ詳細に報道され、アイスボックスを放置することの危険性は、一般にも充分認識されていた。ことに、被告らはアイスボックスを常に使用している業者として、あるいは前記地位にある業者団体の幹部として、アイスボックスを放置することの危険性を充分すぎるほど認識していた。

(四) それにもかかわらず、本件アイスボックスの保管者である被告沖野は、アイスボックスの蓋をはずしたり、蓋を針金でくくつたり、子供が出入りしない場所に保管するなどの措置をとつて、未然に事故の発生を防止すべき注意義務があるのに、これを怠つた。

また、所有者である被告出光は本件アイスボックスを被告沖野に預けるに際し、危険防止の措置を充分に指示して保管を依頼し、あるいは常に本件アイスボックスの管理状況を監視して、事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、さらに、本件アイスボックスが前記空地に危険な状態のままで放置されているのを知つていたのであるから、被害者である被告沖野に対し前記の如き危険防止の措置をとるよう指示するはもちろん、自らも危険防止の措置をとるべき注意義務があるのに、これを怠つた。

以上の被告らの過失により本件事件は発生した。

三、損害

(一)  得べかりし利益

厚生省作成の第一一回生命表によれば、本件事故当時九才八カ月であつた石田直人の平均年数は60.38年であり、当時八才一〇カ月であつた山崎浩二のそれは61.35年であるから、いずれも七〇才余になるまで存命し、その間少くとも二〇才から六〇才に達するまでの四〇年間、何らかの職業について収入をあげたものと思われ、そして、右同人らおよびその両親らの希望、右同人らの知能度程からみて、右同人らは長じて労働の意思と能力をもつて企業に継続的に雇用される労働者の平均収入と同程度の収入をあげた筈である。そこで、厚生大臣官房統計調査部刊行の昭和四二年度賃金構造基本調査報告による昭和四二年四月一日現在の全産業常用労働者の平均給与(平均月額定期給与額に一二を乗じ、これに平均年間賞与その他の特別給与額を加算したもの)を基礎として得べかりし収入を計算し、その五割を生活費として控除した得べかりし純収入を、各年令帯の最後の年令に達したときにその年令帯の合計額を受けとるものとして、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除すると、得べかりし利益は、別表1、2のとおり石田直人が金五五二万五、九八八円、山崎浩二が金五四二万一、一七三円となる。

原告石田満之、同石田和江は石田直人の相続人たる両親として同人の右得べかりし利益を各金二七六万二、九九四円宛、原告山崎武、同山崎鈴子は山崎浩二の相続人たる両親として同人の右得べかりし利益を各金二七一万〇、五八六円宛、それぞれ相続取得した。

(二)  慰藉料

(1) 石田直人山崎浩二はいずれも原告らの長男であり、両親が将来を託している子供であつた。二人とも、おとなしい性格の持主で、機械いじりが好きで、親のいいつけを良く守つて、幼い弟妹を良く可愛がり、近所の人達の評判が良かつた。石田直人の将来の希望はサラリーマンになることであり、両親もそれを望んでいた。山崎浩二は技術者になる希望をもつており、両親もそれを望んでいた。それが本件事故により、想像を絶する恐怖と肉体的苦痛を徐々に味わせられながら死んでいつたのである。

死亡した二人の本件事故によつてうけた精神的苦痛は、到底金銭に見積ることはできないが、敢えてこれを金銭になおすならば、被告らの過失の程度、死亡に至るまでの状況等を考慮すると、石田直人・山崎浩二については各金五〇〇万円を決して下るものではない。

そして、原告石田満之、同石田和江は石田直人の相続人として同人の右慰藉料を各金二五〇万円宛、原告山崎武・同山崎鈴子は山崎浩二の相続人として同人の右慰藉料を各金二五〇万円宛相続取得した。

(2) また、将来を託し、その成長を唯一の生甲斐としてきた原告らの愛児を失つた悲しみは、これまた金銭に見積ることのできるものではないが、その精神的苦痛が慰謝されるためには少なくとも各原告につき各金一〇〇万円宛を必要とする。

四、よつて、原告らは、被告らに対し、各自連帯して、原告石田満之・同石田和江は各金六、二六万二、九九四円、原告山崎武・同山崎鈴子は各金六、二一万〇、五八六円および右各金員に対する事故の翌日である昭和四四年五月四日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三、請求原因に対する被告らの答弁

一、請求原因一の事実中、石田直人、山崎浩二が原告らの主張のごとくアイスボックス内で死体となつて発見されたことは認めるが、その余の事実は不知。

二、同二の(一)、(二)の事実は認める。(三)の事実中、本件アイスボックスの形状およびそれが置かれてあつた空地の位置およびその状況は認めるが、その余の事実は否認する。本件アイスボックスは大人の力でも中からは閉めることはできず、また外からは子供の力でも容易に閉めることはできるが自然の力では閉まらない、また、右空地は子供の遊び場として通常使用されていたことはなく、付近には他に二、三カ所適当な遊び場がある。(四)の事実は否認する。(五)の注意義務の存在は争う。原告ら主張の如くとすれば、被告らは、使用しないアイスボックスについては常に扉を取りはずさねばならず、使用する際これを再び取り付けることになるが、これではアイスボックスは急激に損耗してしまう。また、針金で蓋をくくる程度で安全か否かは大いに疑問である。

そして、被告らに本件事故発生を防止すべき注意義務ありというためには、被告らに本件アイスボックスが横転して蓋が最上部にあつた場合に危険な物となり得るという認識を要求しなければならないが、被告らには右の認識がなかつた。しかも、被告らはアイスボックスを使用する業者であるけれども、右の注意義務を肯定させるだけの特殊な使用法をとつているものではなく、単に冷菓の運搬のためアイスボックスを使用する程度であるから、業者だからといつて一般人以上の注意義務を負う理由はない。また、被告沖野は、被告出光と異り、本件アイスボックスの構造についての認識もなく、本件アイスボックスを自己の建物に隣接している他人所有の本件空地に置くことを否認したにすぎず、その注意義務を被告出光と同一比重で論じることはできない。すなわち、被告沖野に過失ありとするならば、その注意義務は業務上の注意義務ではなく一般人のそれであるべきである。

三、同三の(一)、(二)の事実中、原告石田満之、同石田和江が石田直人の相続人たる両親であること、原告山崎武、同山崎鈴子が山崎浩二の相続人たる両親であることは認めるが損害額の算定は争う。

第四  被告らの抗弁

一  損益相殺

石田直人、山崎浩二の両名は、原告ら主張のごとく二〇才から就職稼働を始めるものとすれば、右両名は本件事故の時から二〇才に達するまでの間生活費および小、中学校、高等学校に進学する教育費の負担を免れた。そして、生活費は石田直人が一〇年間、山崎浩二が一一年間各人一カ月につき金一万五、三〇〇円を要する筈であり、教育費は石田直人が小学校五年から高等学校卒業に至るまで八年間に少くとも金二四万一、八一八円を下らず、山崎浩二が小学校四年から高等学校卒業に至るまで九年間に少くとも金二五万七、一〇三円を下らない筈であるから、これらの金員は損益相殺するべきである。

二、過失相殺

(1)  石田直人、山崎浩二の両名は、本件事故当時既に是非弁別の能力を有する年令に達していた。したがつて、右両名は本件アイスボックスが少なくとも子供の遊び道具でないことは知つていた筈であり、また、これで遊ぶことにつき持主の許可を受けたわけではなく、中に入るについては予め充分に脱出できる方法を確保するよう用心すべきであつたのに、これを怠つた。

(2)  原告らは、右両名の保護責任者であり、親として子供が危険な遊びをしないよう日常充分注意し、子供がその注意を守つているかどうか等細心の注意を払つて監督すべきであつたのに、これを怠つた。

(3)  よつて、損害額の算定にあたつては、原告ら側の右過失を相殺もしくは斟酌すべきである。

第五  抗弁に対する原告らの認否

一、抗弁一の主張は争う。

二、同二の主張は争う。(1)の子供らに過失はない。確かに交通事故等であれば、八、九才に達すればその危険性を認識することができるが、本件アイスボックスの危険性は新聞報道等で知つている人を除いては、大人であつても気付かないのが普通であり、小学生である子供らに右の認識を要求するのは無理である。(2)の原告らに過失はない。原告らは本件アイスボックスが放置されていることを全く知らなかつた。普通子供らにとつて危険と思われる行為については保護者にこれを注意すべき義務があるが、本件アイスボックスのように誰にも予想されない危険について原告らに保護者としての責任を要求するのは不可能を強いるものであるる。

第六、証拠関係〈略〉

理由

一事故の発生

〈証拠〉によれば、訴外石田直人(昭和三四年九月一一日生、当時九才七ヶ月)、同山崎浩二(昭和三五年六月一七日生、当時八才一〇ヶ月)は、昭和四四年五月三日午後八時ごろ、北九州市若松区西天神バス停横の空地において、同所に置かれてあつた本件アイスボックス内で閉じこめられたまま窒息死するに至つたことが認められ、これに反する証拠はない。本件アイスボックスが幅1.0メートル、長さと高さ各一メートル、厚さ約七センチメートルの木製で、蓋が縦四五センチメートル、横四二センチメートルのものであることは、当事者間に争いがなく、前掲証拠によれば、本件アイスボックスには正面と左側部に各商品出入口があり、それぞれ前記蓋がとりつけてあつて、右各蓋には止金がついていたところ、右事故当時本件アイスボックスは右側に横倒しになつていたため、左側部の商品出入口が上部にきていたこと、本件事故が発見された当時右二箇の商品出入口はいずれも止金がかかつて閉まつていたことが、また、〈証拠〉によれば、商品出入口の蓋は、それが側部にある場合は、アイスボックスの中から閉めようとしても手が邪魔になり閉められないこと、これに対してそれが上部にある場合は、一定の角度になると蓋自身の重みで何らの力を要せず落下し、止金が完全にかかつて閉まること、このようにして一旦閉まつた蓋は、アイスボックスの内部から持ちあげることによつては、大人の力をもつもしても止金がはずれず開けることはできないことがそれぞれ認められ、〈証拠判断略〉。

以上の事実を綜合すれば、石田直人、山崎浩二の両名は、本件アイスボックスの上部にある商品出入口から中に入り、同所の蓋を中から手で支え、次いでその手を離すなどして右蓋が閉まつてしまつた結果、中から右蓋を開けることができず、閉じこめられたまま、前記のとおり窒息死するに至つたものと推察することができる。

二被告らの責任

(一)  本件アイスボックスが放置されていた前記空地が、バス停留所の横にあり、国道一九九号線と筑豊本線にはさまれた約二〇〇平方メートルの雑草地で、柵も設けられておらず、誰でも出入りすることができることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉を綜合すると、前記空地付近には住宅が多数存在し、本件空地が面している国道一九九号線はバス乗降客等通行人が決して少くないことが認められる。以上の事実によれば、国道一九九号線を通行中の子供が本件空地に立ち入ることは十分予想されたことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。

被告らが、いずれもその肩書地で冷菓製造販売を業とするもので、被告出光は若松冷菓組合副組合長、被告沖野は同組合長の地位にあることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件事故以前、すでに全国各地に本件同様アイスボックスによる子供の窒息事故がかなりの件数で発生しており、被告沖野も、これを知り、アイスボックスを放置することの危険性を十分認識していたことを認めることができ、被告出光本人尋問の結果によれば、被告出光は、アイスボックスを使用する業者であり、自らアイスボックスを製作して使用していたこともあることを認めることができるので、被告出光は、全国各地におけるアイスボックスによる死亡事故の発生を知り、アイスボックスを放置することの危険を予想すべきであつたものといわなければならない。

(二)  本件アイスボックスが被告出光の所有に異していたこと、被告出光が正和四三年一一月初旬ごろ、被告沖野に対し、同被告が経営する洞海乳業横の前記空地に本件アイスボックスを「置かせてほしい」と依頼して預け、同被告は、これを昭和四四年三月一五日から同年四月一八日まで他の業者に使用させたのちその後これを再び前記空地に放置していたことは、当事者間に争いがない。

ところで、〈証拠〉によると、被告らは互に同業者として親しい同柄にあり、このような親しい同業者間ではしばしば互にアイスボックスを置かせたり、置かせてもらつたりする取引上の関係があつたこと、被告沖野は被告出光から特に本件アイスボックスの管理方を依頼されたわけでもなく、また何ら本件アイスボックスを預ることの対価と目すべき金品を受領していないこと、本件空地は訴外合資会社橋高電気の所有地で、被告沖野には何らの使用権限もないことが認められる。右事実と前記当事者間に争いのない事実とを合わせ考えると、被告沖野が被告出光に対して本件アイスボックスを管理すべき義務を負担する地位にあつたものということはできない。しかしながら、前記のとおり被告沖野は、アイスボックスを常に営業上使用、保管している業者であり、前記のとおり被告沖野は被告出光から本件アイスボックスを本件空地に置くことの同意を求められてこれを容認し、また、被告ら各本人尋問の結果によれば、被告沖野は、前記他の業者に本件アイスボックスを使用させるに際しては所有者である被告出光の何らの了解も得ておらず、その返還を受けた後は本件アイスボックスを再び本件空地に放置することを容認したことが認められる。したがつて、このような立場にある業者である被告沖野としては、本件アイスボックスを本件空地に置くのをやめて、他の事故発生のおそれのない場所に置きかえるか、かりに、本件空地に置くとしても、その蓋を取りはずすか、蓋が開かないように針金等でしばるとか、あるいは蓋の部分を建物の壁面に密着させる等の方法を講じて事故の発生を未然に防止すべき注意義務がある。

また、被告出光は、右のとおり被告沖野に本件アイスボックスの管理を委託したとは認められない以上、所有者として右管理の責任を負うべきであるから、被告沖野と同様の本件アイスボックスによる事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるものといわざるをえない。

しかるに、被告らは、いずれも右注意義務を怠り、本件アイスボックスにつき、何ら事故発生を防止する措置をとることもなく、そのままこれを本件空地に放置したため、本件事故が発生した。

したがつて、被告らは、それぞれ右注意義務を怠つた過失があり、本件事故は被告らの過失により発生したものであるから、被告らは民法第七〇九条による不法行為責任を負うべきところ、同法第七一九条により被告らは共同して後記損害を賠償すべき義務がある。

三損害

(一)  石田直人、山崎浩二の損害

(1)  逸失利益

〈証拠〉によると、石田直人、山崎浩二は、事故当時健康な男子であつて、石田直人の両親は同人を会社員等の地道な職業に就かせる希望があつたこと、山崎浩二の両親は同人を父親と同様電気技術者として稼働させることを希望していたことが認められる。そして、前記のごとく当時石田直人は九才七ヶ月、山崎浩二は八才一〇ヶ月の男子であつたところ、厚生省作成の第一二回生命表によれば、石田直人の平均余命年数は60.76年、山崎浩二のそれは61.73年であるから、いずれも七〇才余になるまで存命し、その間二〇才から六〇才に達するまでの四〇年間、何らかの職業について収入をあげえたであろうことを推認できる。そして、労働省労働統計調査部編昭和四二年賃金センス第一巻第一表により、全産業労働者の一人当り一ヶ年の平均給与額(平均月間定期給与額に一二を乗じ、これに平均年間賞与その他の特別給与額を加算したもの)を算出し、なお右両名の生活費としては、右収入の五割と考えるのが相当であるから、これを右給与額から控除すると、右両名が得たであろう年間純収入は別表1のとおりであり、右両名は本件事故によりこれを喪失した。

そこで、右金額を基礎として、各年令帯の最後の年令に達したときにその年令帯における純収入の合計額を受け取るものとしてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して本件事故当時の現価を求めると、別表のとおり石田直人が金五四二万一、一七三円、山崎浩二が金五三二万〇、〇四四円となり、右両名は本件事故によりそれぞれ右各金額相当のうべかりし利益を喪失する損害を蒙つた。

(2)  石田直人、山崎浩二の慰籍料

〈証拠〉によれば、石田直人、山崎浩二の両名は、本件アイスボックスの中で下着は勿論、ズック靴やポケットにあつた定期入れまで放り出して死亡していたことが認められ、右両名が本件アイスボックスの中に閉じこめられてから死に至るまで多大の恐怖と苦痛を余儀なくされたことは想像するに難くない。これら右両名の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は、後記認定の被害者の過失その他諸設の事情を斟酌すれば、各自金六〇万円をもつて相当と認める。

(3)  相続

原告石田満之、同石田和江が石田直人の相続人たる両親であること、原告山崎武、同山崎鈴子が山崎浩二の相続人たる両親であることは、当事者間に争いがないから、原告石田満之、同石田和江は石田直人の、原告山崎武、同山崎鈴子は山崎浩二の各権利を二分の一宛相続により承継取得した。

(二)  原告らの慰藉料

〈証拠〉 によれば、石田直人、山崎浩二はそれぞれ原告らの長男として、その成長を期待されていたこと、右両名が本件事故で死亡したことにより、原告山崎鈴子はその場で卒倒するほどの精神的打撃を受け、その後しばらくは床に伏す状態であつたことが認められるが、原告らが親としてこのような多大の苦痛を伴う不慮の事故により子を失つたことにより深い悲歎に暮れたことは、右事実をまつまでもなく、容易に想像しうるところである。このような原告らの精神的苦痛に対する慰藉料は、後記認定の被害者の過失その他諸般の事情を斟酌すれば、各金二〇万円をもつて相当と認める。

四損益相殺

被告らは、石田直人、山崎浩二が、本件事故により各二〇才に達するまでの生活費および高等学校卒業に至るまでの教育費を免れたとして、これらを損益相殺すべきであると主張する。右生活費および教育費はいずれも石田直人、山崎浩二が負担するものではなく、その両親である原告らにおいて負担すべきものであるが、不法行為に基づく損害賠償の範囲を定めるにあたり依拠すべき衡平の理念に照らし、石田直人、山崎浩二の損害額を算定するに際して右費用を控除するのが相当である。そして、総理府統計局昭和四三年全国平均家計調査報告によれば、昭和四三年における一ヶ月消費支出金額は全国全世帯一人当り平均金一万五、七〇〇円(一〇〇円未満切りあげ)であり、右金額中には被告ら主張の生活費のほか教育費も含むから、これを毎年支出するものとしてホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の現価を求めると、次の計算のとおり、石田直人については本件事故後二〇才に達するまで一〇年間計金一四九万六、八三八円、山崎浩二については一一年間合計金一六一万八、三五六円の消費支出を免れたことが認められる。

石田直人15,700円×12ケ月×7,945(10年のホフマン係数)=1,496,838円

山崎浩二15,700円×12ケ月×8,590(11年のホフマン係数)=1,618,356円

そして右の生活費等支出額は、原告らが右両名の両親として、父母平等に負担すべきものと解するのが相当であるから、原告石田満之、同石田和江が各金七四万八、四一九円、原告山崎武、同崎山鈴子が各金八〇万九、一七八円の支出を免れたものとして、各原告の損害額からそれぞれ右各金員を控除すべきである。

五過失相殺

(一)  右田直人、山崎浩二の過失

〈証拠〉によれば、石田直人、山崎浩二の住居の付近には、十分な設備を備えたものとはいえないにしろ、児童が遊ぶための広場、公園等があること、本件空地はかなりの丈の雑草が繁茂し、本件アイスボックスの他にこわれた大型、小型のコンテナ各一台が放置され、その他空缶、棒、板片、紙屑等が散乱した荒れ地で、一見して児童らが遊ぶための、もしくは遊びに使われていた空地であるとはいい難いことが認められ、また、本件アイスボックスは、本来児童の遊ぶための設備たる性質を有しているものではない。そして、このような通常遊び場とは到底言えない空地に放置された、本来児童の遊びの設備でない本件アイスボックスに入つて遊ぶことは、明らかに危険がないとはいいきれないのであるから、石田直人、山崎浩二の両名は、このことを予め十分考慮して、右アイスボックスに入つて遊ぶことを避け、また、右アイスボックスの中に入るについては予め十分脱出できる方法を確保するよう用心すべきであつた。もとより子どもの冒険心は大人の想像をはるかに超え、常に独創的な発想をただちに行動に移すものではあるから、大人においてこのような子どもを危険から守るべき責任があることは当然であるが、石田直人は九才七ヶ月、山崎浩二は八才一〇ヶ月に達する学童であつて、本件アイスボックスに入つて遊ぶことがいかなる危険を招く結果になるかもしれないとの事理を弁識してこれに対処して行動しうる能力を有していたと解せられるから、右両名がこの点の注意を欠いて、本件アイスボックスの中に入つて遊んだことをもつて、右両名の過失であると認定して妨げない。そして、このような右両名の行為が直接の契機となつて本件事故が発生したことは明らかであるから、本件事故による損害額の算定につき右両名の過失を考慮すべきは当然であり、右両名の過失と被告らの過失の程度とを勘案すれば、右両名の過失は各五〇パーセントであると考えるのが相当である。

(二)  原告らの過失

被告らは、原告らについても子どもに対する監護業務を怠つた過失があると主張するが、原告石田満之、同山崎武各本人尋問の結果によると、原告らはいずれもその子どもたる石田直人、山崎浩二に対して危険な所で遊ぶことのないように一般的な注意を与えていたことが認められる。したがつて、石田直人、山崎浩二の両名がいずれも既に前記のごとく事理弁識能力を有する年令に達している以上、原告らとしては右の一般的な注意の他にさらに具体的に本件事故を防止すべき監護の措置を講じなかつたとしても、原告らに斟酌さるべき過失があるものということはできない。よつて、被告らのこの点に関する主張は理由がない。

六結論

以上認定した事実にもとづき、原告らそれぞれにつき、その相続にかかる石田直人、山崎浩二の各逸失利益の二分の一の金額から前記損益相殺分を控除し、その残額につき前記割合による過失相殺をした額、相続にかかる石田直人、山崎浩二の各慰藉料の二分の一の金額および各原告固有の慰藉料を合算すると、原告石田満之、同石田和江が各金一四八万一、〇八四円、原告山崎武、同山崎鈴子が各金一四二万五、四二二円(いずれも四捨五入)の損害賠償請求権を取得したから、原告らは、いずれも被告らに対し各自右各金員およびこれに対する事故発生の翌日である昭和四四年五月四日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができるものといわざるをえない。

よつて、原告らの本訴請求は、右の限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言および仮執行免脱の宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。(矢頭直哉 三村健治 岩井正子)

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